先日、「席を譲らなかった若者」 (らくだのひとりごと) という記事を紹介しました。電車の中で、席を譲らせようと嫌みを言った老人たちに、席に座っている若者が反論した、という話です。 私個人としては、現代の価値観の多様性を如実に示す例だなと興味深く読みましたが、同ページのコメント欄を見ても分かるように、 この件に関しては様々な意見が出たようです。
老人や若者の言動に対する賛否両論、老人も若者も五十歩百歩だという意見、老人は無条件で大切にするべきだという意見・・・。 いずれの意見も、十分熟考に値するものだと思います。しかし私は、ある点に関して、妙な引っかかりを覚えたのです。それは「マナー」や 「モラル」に関する論点。
「電車の中で老人に席を譲るのは当然だ」「老人を大切にするのは当然だ」。これができなければ「マナー違反」「モラルの崩壊」 とか色々と言われるわけですが、・・・果たして本当にそういう考え方で良いのでしょうか? こう考えている人たちは、 「マナーやモラルは当たり前に存在し、不変である」と思っているのではないでしょうか? 私は、マナーやモラルは不安定な存在で、 容易に変わりうる、と考えています。そんなバカな、と思う方、ちょっと以下の例を考えてみて下さい。
混雑した電車の中、携帯電話を "マナー" モードにもせずに大音量で着信音を鳴らし、長時間平気で通話をする人。・・・ 腹が立ちますよねぇ。うるさいですよねぇ。電車の中では携帯電話の電源を切るか、せめて着信音を切っておくのが「マナー」です。 そしてそれが出来ない人は、いわゆる「モラル」が崩壊している人・・・。おそらく、この話を聞く人は、 少なくとも日本に住んでいる人だったら、「うん、まぁそうかな」と思うでしょう。
・・・でもね。今から 30 年前に同じ事を言っても、おそらく誰も理解できないんじゃないでしょうか。だって、 携帯電話なんてみんな持ってなかったんですから。携帯電話の使用に関する「マナー」や、それに付随する規範意識、すなわち「モラル」は、 ここ 10 年くらいで新しく出来てきたものなんです。そう、「マナー」や「モラル」は、全く新しく生まれる可能性だってあるし、 逆に消え去ってしまう可能性だってあるのです。何故現代社会に「タイムマシンの使用に関するマナー」や「時間旅行に関するモラル」 が存在しないか分かります? それは「タイムマシン」が存在しないからですよ。何故現代社会に「物々交換に関するマナー」や 「士農工商がそれぞれ持つべきモラル」が存在しないかわかります? それは物々交換の経済制度も、士農工商の身分制度も、 消えて無くなったからですよ。
昔は、電車で老人に席を譲るのが当然だった。昔は、老人を無条件で大切にするのが当然だった。昔は、 この事を疑う日本人は誰もいなかった。昔は、これらのことが常識だった・・・。そう、全て「昔」の話。 時代も価値観も変化した現代社会にそのまま当てはめることは出来ないのです。
人間や列車は昔からあるじゃないか! という人。確かにそれはその通りです。しかし考えてみて下さい。人間は成長、つまり変化します。 また、世の中も変化します。「席を譲らなかった若者」 に登場した「老人たち」は、かつては若者だったし、「若者」はここ数十年で新しく生まれてきた存在です。世の中も変わるし人も変わる。 それは時間が流れている以上、誰にも止められない事なのです。そう考えれば、「電車で老人に席を譲るのがマナー」なのも、 「老人を無条件で大切にすることがモラル」であることも、絶対不変な事実でないことが分かると思います。
もちろん、既存のマナーやモラルで、時代を超えて守っていくべきものはあるでしょう。しかし、新しく生まれるマナーやモラル、 消え去ってしまうマナーやモラル、変化してしまうマナーやモラルは、必ず存在します。それらを考慮せずに、 古い価値観のままでマナーやモラルを語ることは、あまり好ましくないのではないかと個人的に思うのです。
理想を語り実現することと、現実を観察し認識することは、全く別のことです。これらのことをごっちゃにして「席を譲らなかった若者」 を読むのは、得られるはずのものが得られず、もったいないんじゃないかな、と思った今日この頃。
(因みに、私は『電車で老人に席を譲ること』や『老人を無条件で大切にすること』を否定しているわけではありません。 そこの所を誤解なきよう・・・。)



当初電源オフを呼びかけていた鉄道会社も、いまでは原則マナーモードに統一されました。
シルバーシートは空けておくというマナーも一部にはあると聞きます。
私は急停止による転倒防止のため、なるべく座るべきだと思いますが。
マナーやモラルというのは多くが不文律ですから、人によって受け取り方が違うのも仕方のないことです。
同様に、信条も他人から見ても分からないものですから、そこに何か意味があるのか、又は、単なるマナー違反かの判断は難しいですね。
心臓ペースメーカーとの絡みで説明した方がまだマシなのではないでしょうか。…もっとも、それだって適切とは言い難いですが、なかなか良い例えが見つかりません。
>当初電源オフを呼びかけていた鉄道会社も、いまでは原則マナーモードに統一されました。
本来は、携帯電話の電波が医療機器に影響を与える可能性があるから、
電源を切っておきましょう、という話だったのに、
いつの間にか「原則マナーモード、優先席付近では電源を切りましょう」に
変わりましたよね。医療機器の話はどこへやら。
メールも全面的に禁止されていないということは、事実上「電磁波の影響」の話は
黙殺されてしまったと考えざるを得ません。
これも、マナーが可変である事を示す例と言えるでしょう。
>マナーやモラルというのは多くが不文律ですから、人によって受け取り方が違うのも仕方のないことです。
そうなんですよねぇ。だからこそ、「○○することは当然だ!」という前提で
話を進めるのは非常にまずいと思うんですよ、個人的に。
>>日和見さん
そう、本来はそうなんですけど、上にも書きましたように、現在では事情が変わってしまったのです。
電車内における携帯電話の扱いに関する「マナー」は、そもそも医療機器への影響を
防ぐために生まれたものですが、いつの間にか「電源は必ずしもオフにしなくてもよい」という決まりに。
で、現在では音を鳴らさない「マナーモード」が主流になりました。
「マナー」モードですよ?w 音を鳴らさないことが「マナー」になったんです。
すっごく妙な話ですけど、今現在の「携帯電話使用に関するマナー」の
根幹は「音を鳴らさないこと」で、電磁波の影響は二義的なものになってしまったのです。事実上。
日和見さんの言う通り、日本には「公共の場でうるさくしてはならない」という「マナー」が
あるので、やはりこいつが携帯電話の件に関しても多大な影響を与えているのではないかと。
・・・という私なりの観察を前提に、あえてペースメーカーの話は書かず、音関連の要因を中心に挙げました。
P.S.
もちろん、電磁波の影響を真剣に考える人はまだまだ沢山いますし、
それを根拠に「携帯電話の電源を切れ!」と注意する人もいます。
私も個人的には、電源を切っておくのが理想的だと思っています。
ただ、今回の話は「マナーやモラルが可変である」という事を言いたかっただけなので、
そこまで踏み込むのはやめました。